原子力の議論は、しばしば「安全か、危険か」という一本の軸に押し込められます。しかし技術の現場で本当に難しいのは、安全性と、燃料サイクルを閉じることとが、正面から衝突するという点です。
熔融塩炉(溶融塩炉)に世界が再び注目している理由も、突き詰めればここにあります。このページでは、なぜその衝突が起きるのか、そして液体燃料がなぜそこから抜け出せる可能性を持つのかを説明します。
なぜ「サイクルを閉じる」必要があるのか #
現在の原子力発電のほとんどはワンススルー、つまり燃料を一度使って捨てる方式です。この方式には、二つの大きな宿題が残ります。
一つ目は、資源をほとんど使えていないこと。 天然ウランのうち核分裂しやすいU-235はわずか0.7%で、ワンススルーでは埋蔵ウランの持つエネルギーの1%程度しか取り出せていません。残りは使われないまま廃棄物になります。
二つ目は、廃棄物が10万年単位で危険であること。 そしてこの「10万年」の正体は、実はウランでも核分裂生成物でもありません。マイナーアクチノイド(MA)と呼ばれる、ウランより重い元素です。核分裂生成物の放射能は数百年でほぼ減衰しますが、ウランが中性子を吸収し続けて生まれるネプツニウム、アメリシウム、キュリウムといった元素が、桁違いに長い尾を引きます。
したがって、廃棄物問題を根本から軽くする道は二つしかありません。
- 作らない — 出発点をウラン(質量数238)ではなくトリウム(質量数232)にする。より軽い元素から始めれば、MAの領域に達するまでに必要な中性子吸収の回数が増え、MAの生成量は桁で減ります
- 燃やす — できてしまったMAを取り出して炉に戻し、核分裂させて消してしまう
そしてこの二つはどちらも、「燃料サイクルを閉じる」ことを前提にしています。使った燃料から使える物質を取り出し、再び炉に戻す。この循環が回らなければ、どちらの道も成立しません。
固体燃料のジレンマ #
ところが、ここに構造的な問題があります。
現在のほぼすべての原子炉は固体燃料を使っています。焼き固めた燃料ペレットを、金属の被覆管に密封したものです。そしてこの被覆管こそが、放射性物質を閉じ込める主役の壁です。
安全性を高めるとは、この壁を強くすることを意味します。より頑丈に。より化学的に不活性に。より壊れにくく。より高温に耐えるように。
一方、燃料サイクルを閉じるとは、その壁を壊すことを意味します。中身を取り出せなければ、リサイクルはできません。
つまり、安全性の追求とリサイクルの容易さは、同じ一つの壁を奪い合っています。これは工夫や改良で解ける問題ではなく、被覆管という方式を採る限り定義上ついて回る、原理的なトレードオフです。
最も安全な燃料は、最もリサイクルできない #
このジレンマが最も極端な形で現れるのが、TRISO燃料です。
TRISOは直径1mmに満たない燃料粒子を、炭素と炭化ケイ素(SiC)の層で何重にも包んだものです。炭化ケイ素の殻は極めて優秀で、1600℃を超えても核分裂生成物を閉じ込め続けます。おそらく人類がこれまでに作った中で最も安全な固体燃料です。
しかし、その安全性の源である化学的な頑健さのために、この殻を工業的な規模で開ける方法は確立されていません。黒鉛を燃やし、炭化ケイ素を砕く——研究室規模の試みはあっても、商用の再処理プロセスは存在しません。
結果として、TRISOを使う原子炉(高温ガス炉や、熔融塩を冷却材に使うFHR)は、設計上ワンススルーに固定されます。史上最も安全な固体燃料は、史上最もリサイクルしにくい燃料でもある。これは偶然ではなく、先ほどのトレードオフの必然的な帰結です。
現在の軽水炉でも構図は同じです。ジルカロイ製の被覆管は再処理の際に硝酸に溶けず、切り刻まれた「ハル」として、それ自体が扱いの難しい二次廃棄物になります。
そして「作り直す」工程が待っている #
固体燃料サイクルには、もう一つ、しばしば見落とされる関門があります。取り出した物質を、再び固体燃料に成形し直さなければならないことです。
粉末を焼き固め、寸法精度を出し、被覆管に詰め、溶接して密封する。新品の燃料なら難しくない工程ですが、リサイクル燃料は強い放射線を出します。すべてを厚い遮蔽の向こう側で、遠隔操作で行わなければなりません。
トリウム利用にとっては、ここが決定的な壁でした。 トリウムから生まれるU-233には、U-232という厄介な同位体が必ず少量随伴します。U-232の崩壊系列にはタリウム208が現れ、これが2.6 MeVという極めて透過力の強いガンマ線を放ちます。
トリウム燃料サイクルが半世紀にわたって技術的には有望と言われ続けながら実用化されなかった最大の理由は、炉物理でも化学でもなく、この強いガンマ線の下で固体燃料を製造し直すことの困難さでした。
熔融塩は、この軸から降りる #
ここで熔融塩燃料炉の意味が見えてきます。
熔融塩炉の重要な点は、上のトレードオフの上で「うまい妥協点」を見つけることではありません。トレードオフの軸そのものから降りることです。
燃料が液体である、ということは、被覆管が存在しないということです。壊すべき壁が最初からない。そして成形すべき固体もないので、燃料を作り直す工程そのものが存在しません。新しい核燃料は、塩に溶かして足すだけです。
固体燃料サイクルを止めていたU-232のガンマ線は、遠隔での燃料製造が不要になることで障害でなくなります。それどころか、強いガンマ線を出す物質は盗み出して兵器に転用することが著しく困難であるため、核不拡散上はむしろ資産に反転します。
閉じ込めは「幾何学」から「化学」へ #
もちろん、被覆管がないからといって放射性物質が野放しになるわけではありません。閉じ込めの原理が置き換わるのです。
| 固体燃料 | 熔融塩燃料 | |
|---|---|---|
| 閉じ込めの原理 | 幾何学的(被覆管による密封) | 化学的(安定なフッ化物としての結合)+容器・格納容器 |
| 壁の開け方 | 壊す以外にない | 選択的に開けられる |
| 燃料の再成形 | 遠隔・重遮蔽での製造が必須 | 工程が存在しない |
これが本質的な違いです。幾何学的な壁は、壊さなければ開けられません。化学的な結合は、選択的に開けることができます。
フッ化物熔融塩の中で、セシウムもストロンチウムも希土類元素も、熱力学的に安定なフッ化物として塩に溶け込んでいます。塩が固まれば、それらは塩の中に固定されたままです。にもかかわらず、ウランだけをフッ素と反応させて六フッ化ウランという気体に変え、抜き出すことができます。閉じ込めを担う化学と、分離を担う化学が、同じ土俵の上にあるためです。
さらに、希ガス(キセノン、クリプトン)はヘリウムを吹き込むだけで連続的に抜けていきます。これは中性子を無駄に吸収する厄介者を運転中に取り除けることを意味し、固体燃料では絶対にできない芸当です。
なぜフッ化物なのか #
熔融塩には塩化物という選択肢もあり、そちらは高速炉やMA消滅を狙う設計で使われます。トリウム利用に関して、フッ化物には固有の利点があります。
- 核分裂生成物が安定なフッ化物として塩に留まる — 閉じ込めが化学的に保証される
- ウランだけを気体にして取り出せる — フッ化物揮発法という、他の塩系にはない簡潔な分離手段がある
- 水を使わない — 水溶液系のような臨界の問題も、放射線分解による水素発生も、大量の廃液も生じない
- 中性子を減速させやすく、熱中性子炉が成り立つ — トリウム-U233サイクルは、熱中性子領域でこそ増殖が可能になる数少ない燃料サイクルです。少ない核分裂性物質で運転を始められることを意味します
安全性と、燃料サイクルを閉じることを両立できる可能性がある。 フッ化物熔融塩に私たちが期待するのは、この一点です。
それでも、本質的に難しいこと #
ここまでの話は可能性であって、達成された事実ではありません。液体燃料には、液体であることに由来する固有の困難があります。誠実に列挙します。
1. プラント全体が被覆管になる。 被覆管がなくなった代わりに、配管・熱交換器・ポンプを含む一次系のすべてが放射性物質に接します。「きれいな側」が存在しません。保守も点検も、すべて遠隔で行う前提の設計が求められます。
2. トリチウムが出る。 塩に含まれるリチウムから、透過力の強いトリチウムが生成します。トリチウムは高温の金属をすり抜けるため、閉じ込めは容易ではありません。生成を抑えるにはリチウム7を高濃度に濃縮する必要がありますが、その濃縮能力自体が世界的に限られているという供給上の課題もあります。
3. 材料の実証が足りない。 米国オークリッジ国立研究所の実験炉MSREで問題となったテルルによる合金の脆化には対策の目処が立っていますが、数十年にわたる運転の実績はまだありません。高温材料としての規格整備も途上です。
4. 腐食は化学で抑え続けるしかない。 保護的な酸化皮膜に頼れないため、塩の酸化還元状態を常時管理して腐食を抑えます。裏を返せば、この管理を怠れない、ということです。
5. 化学処理そのものが未実証。 MSREは炉としては成功しましたが、運転しながら燃料塩を処理する設備を商用規模で動かした例はまだありません。特に、増殖を成立させるためのプロトアクチニウム分離は化学的に難しく、加えて核拡散上も慎重な扱いを要する工程です。
6. 「1本、2本」と数えられない。 固体燃料は本数を数え、封印し、追跡できます。液体燃料にはそれができません。リサイクルの容易さと、計量管理の難しさは、同じコインの裏表です。 液体燃料に適した保障措置の枠組みづくりは、国際的にもこれからの課題です。
THORIMS-NESという切り分け #
上に挙げた困難のうち、特に重いものの多くは「発電する炉の中で、増殖のための化学処理まで行おうとする」ことに由来しています。
当NPOが紹介してきた古川和男のTHORIMS-NES構想は、この点に対する一つの回答です。核燃料を作る仕事(加速器を用いるAMSB)と、エネルギーを生む仕事(熔融塩発電炉FUJI)を、はじめから別の施設に分離する。発電炉は自給自足に徹し、難しい連続化学処理を抱え込まない——という切り分けです。
30年前の提案ですが、「何を炉の中でやり、何を外に出すか」という困難の切り分け方として、現在の議論にも通じるものがあります。
まとめ #
- 廃棄物問題を根本から軽くするには、燃料サイクルを閉じる必要がある
- しかし固体燃料では、閉じ込めの壁とリサイクルの障害が同一物であるため、安全性を高めるほどサイクルは閉じにくくなる。これは改良では解けない構造的な問題である
- 液体燃料は被覆管を持たないことで、この軸から降りる。閉じ込めの原理が幾何学から化学へ移り、選択的に開けられる壁になる
- 特にフッ化物熔融塩は、閉じ込めと分離を同じ化学の上で扱えるため、安全性と燃料サイクルの閉鎖を両立できる可能性がある
- ただしこれは可能性であり、材料・トリチウム・化学処理・保障措置という現実の課題を一つずつ解いた先にある