原子力の安全というと、多くの人は事故を思い浮かべます。しかし専門の世界では、まったく別の軸が同じくらい重視されています。悪意を持った人間が関わる場合です。
- 国家が発電用の技術を核兵器の開発に転用しないか(核不拡散)
- 集団や個人が核物質を盗み出し、悪用しないか(核セキュリティ)
熔融塩炉の安全性が「壊れたらどうなるか」の話だとすれば、こちらは「盗まれたらどうなるか」の話です。そして原子力の歴史を見ると、技術の進路を決めてきたのは、しばしば事故ではなくこちらの軸でした。1977年に米国が再処理を凍結し、固体燃料のトリウム利用が行き場を失ったのも、この軸の判断です。
世界が実際に抱えている問題 #
議論の出発点を間違えないことが大切です。現在の世界が抱えている核拡散上の最大の問題は、トリウムでも新型炉でもなく、すでに大量に存在するプルトニウムです。
使用済み燃料には約1%のプルトニウムが含まれます。かつて日本の軽水炉が55基動いていた頃の試算では、年間およそ10トンのプルトニウムが生まれていました。世界全体では数十万トンの使用済み燃料が蓄積しつつあります。
「原子炉級プルトニウムでは原爆は作れない」は誤りです #
日本では長く、「発電用の原子炉から出るプルトニウムは同位体組成が悪いので核兵器にはならない」という説明が流布していました。原子力の解説書にもそう書かれていたものがあります。
これは誤りです。
米国は1962年、再処理で得たプルトニウムを使って核実験を行い、長崎型原爆に匹敵する20キロトン級の威力を確認しています。この事実は1977年に公表され、カーター政権がプルトニウム利用の国際規制を強化する背景になりました。日本のプルトニウム利用を推進する立場の研究会も2001年に米国資料を精査し、「原子炉級プルトニウムでも核兵器は作れる」と結論しています。
なぜ誤解が広まったのでしょうか。核不拡散条約を結ぶ見返りに軽水炉を世界へ提供するという構図の中で、米国が「使用済み燃料のプルトニウムでも爆弾が作れる」と教えること自体が条約上できなくなったという事情があったとされています。加えて、プルトニウム240も高速中性子なら核分裂するという事実が軽視されました。
つまり、世界に蓄積し続けているプルトニウムは、そのまま核兵器の材料になり得ます。 これが出発点です。
爆発させなくても危険がある — ダーティボム #
もう一つ、日本ではあまり知られていないリスクがあります。放射性物質を撒き散らすだけの兵器、いわゆるダーティボムです。米国議会は2011年に88ページの報告書を出し、2016年の核セキュリティ・サミットでもオバマ大統領が警告しています。
プルトニウムがこの用途で厄介なのは、核爆弾を作るより技術的にはるかに易しいためです。核分裂を起こす必要すらなく、極端に言えば撒くだけで成立します。
さらに悪いことに、プルトニウムはガンマ線をほとんど出しません。医療用のコバルト60などと比べると、性質が正反対です。
| 医療用線源(コバルト60など) | プルトニウム | |
|---|---|---|
| 放射線の種類 | ガンマ線 | 主にアルファ線 |
| 運搬 | 厚い鉛やコンクリートの遮蔽が要る | 遮蔽不要で運べる |
| 検知 | ガンマ線なので容易 | ほとんど不可能 |
| 扱う側への影響 | 甚大。製造が困難 | ほとんど影響がない |
| 被曝の形 | 外部被曝。逃げれば止まる | 吸入すれば一生続く |
医療用線源は外部被曝なので、その場から逃げれば被曝は止まります。撒けば薄まりもします。一方プルトニウムは、微粒子を吸い込むと肺に留まり、内部被曝が生涯続きます。市販の検知器では見つけられないので、逃げるという判断すらできません。
そして最も重い指摘がこれです。使用済み燃料は、100年ほど経つと強いガンマ線が減衰し、そのままダーティボムの材料になり得ます。 現在は強烈な放射線が近づくことを拒んでいますが、その防壁は時間とともに弱まっていきます。
核のごみを「置いておく」ことは、長期的には核セキュリティの問題でもある——これが、燃料サイクルを閉じる必要性のもう一つの理由です。
トリウム(U-233)ならどうか #
では、トリウムから生まれるU-233はどうでしょうか。「U-233でも原爆は作れるのではないか」という問いには、こう答えるのが正確です。
「イエス、しかしノー」
イエス——U-233は原子炉の中で核分裂します。集めることができれば、原理的には爆弾になります。「物理的に絶対不可能」とは言えません。
しかしノー——実際には、誰もそれを選ばないだろう、ということです。理由は複数あります。
強いガンマ線がついてくる。 U-233には必ずU-232が随伴し、その崩壊系列に現れるタリウム208が2.6 MeVという極めて透過力の強いガンマ線を放ちます。離れた場所から検知できてしまい、扱うには重い遮蔽が要ります。 U-233とU-232は化学的に分離できず、同位体としての分離も量が微量すぎて工業的に成り立ちません。
「純粋なU-233だけ取り出す」抜け道も塞がっています。 U-232を含まないU-233を得るには、途中の物質であるプロトアクチニウム233を分離して、それが崩壊するのを待てばよい——という発想があり得ます。しかしこの経路には二つの壁があります。プロトアクチニウム233の半減期は27日しかないため、2か月も経てば4分の3が変化してしまい、狙って取り出せません。さらに、分離しようとしてもプロトアクチニウム232が一緒についてきて、これが1日でU-232になります。 結局U-232の随伴からは逃れられません。
威力が実証されていない。 米国が1955年に行った実験では、U-233とプルトニウムを混ぜた爆縮型が試されましたが、「U-235+プルトニウム」に比べて3割小さい威力でした。U-233単独の実験は一度も行われておらず、爆発力は不明のままです。
そして最大の理由。 国家が核兵器を作ろうとするなら、威力が実証済みで、ガンマ線をほとんど出さず検知されにくいU-235やプルトニウムを選びます。 わざわざ検知されやすく、扱いが困難で、性能も不明な材料を選ぶ理由がありません。
つまり結論は、「物理的に不可能」ではなく「合理的に選ばれない」です。ここは正確に言うべきところで、「トリウムなら絶対に核兵器にならない」という説明は言いすぎです。
液体燃料であることの、二つの顔 #
熔融塩炉(溶融塩炉)という形式そのものにも、この軸で見た長所と短所があります。
長所として、U-232のガンマ線が「資産」に反転します。 燃料サイクルを閉じるという難題で述べたとおり、この強いガンマ線は固体燃料では燃料を作り直す工程を阻む障害でした。液体燃料にはその工程がないので障害になりません。同じ性質が、こちらの軸では盗難と転用を困難にする防壁として働きます。
運転中の燃料塩は500℃を超える高温の液体で、しかも核分裂生成物の強烈な放射能を帯びています。汲み出して運び去るという行為が、そもそも現実的ではありません。
短所は、数えられないことです。 固体燃料なら、燃料集合体を1本、2本と数え、封印し、追跡できます。液体燃料にはそれができません。 国際原子力機関が行う核物質の計量管理は固体燃料を前提に組み立てられており、液体燃料に適した枠組みは国際的にもこれからの課題です。
リサイクルの容易さと、計量管理の難しさは、同じコインの裏表です。 被覆管を壊さずに中身を取り出せるということは、監視の側から見れば、いつでも中身が動かせるということでもあります。
設計によって話が変わります #
ここでも3つの質問が効きます。上の議論のうち、U-233とU-232にまつわる利点が当てはまるのは、トリウムを使う設計だけです。
| 設計 | 核不拡散の観点から見た性格 |
|---|---|
| トリウム・熱中性子(FUJI、TMSR-LF1 など) | U-232のガンマ線が防壁になる。マイナーアクチノイドの生成も少ない |
| ウラン燃料(Terrestrial Energy、Saltfoss など) | この利点はない。HALEUそのものが管理対象であり、供給も国家の管理下にある |
| 塩化物・高速炉(Naarea、Exodys など) | 余剰プルトニウムを消費する点で不拡散に貢献する。一方でPuやMAを高い濃度で扱う |
「熔融塩炉は核拡散に強い」という一般化はできません。何を燃やす設計なのかを見る必要があります。
プルトニウムは減らせるのか #
最後に、蓄積したプルトニウムを実際に減らせるのかという話です。
現在の主な手段は、プルトニウムをウランと混ぜたMOX燃料として軽水炉で燃やす方法です。しかし効果は限定的でした。当NPOの試算では、炉心の3分の1をMOX燃料にした場合、燃やす量と新たに生まれる量がほぼ釣り合ってしまいます。母材のウランから新しいプルトニウムが生まれるためです。全炉心をMOXにしても、100万kW級で年間400kg程度の消滅にとどまります。
さらに、固体のMOX燃料を再処理して繰り返し燃やすことは技術的に困難です。何度も回して減らしていく、という道が開いていません。
熔融塩炉には、この制約がありません。固体燃料のような燃焼度の制限がなく、炉の中で燃やし続けることができます。トリウムを母材にすれば新しいプルトニウムも生まれません。当NPOの試算では、100万kW級で年間約900kgの消滅が見込まれます。
塩化物高速炉を目指すグループは、さらに直接的にプルトニウムとマイナーアクチノイドの消滅を狙っています(世界の熔融塩炉計画のD群)。米国が余剰プルトニウムを新型炉の開発企業に供給しようとしているのも、この文脈です(核燃料をどこから調達するか)。
核のごみと核拡散リスクは、同じものの二つの側面です。 燃料サイクルを閉じることは、廃棄物対策であると同時に、核セキュリティ対策でもあります。
まとめ #
- 世界の核拡散上の問題は、トリウムではなくすでに蓄積したプルトニウムである
- 「原子炉級プルトニウムでは原爆は作れない」は誤り。1962年に実証されている
- プルトニウムはガンマ線をほとんど出さないため検知が難しく、ダーティボムの材料として厄介である
- 使用済み燃料は100年ほどで放射線の防壁が弱まる。置いておくこと自体が長期のリスクになる
- U-233で原爆は「理論上は作れるが、合理的に選ばれない」。絶対に作れないという説明は言いすぎである
- 液体燃料は盗みにくいが、数えにくい。保障措置の枠組みづくりはこれからの課題である
さらに詳しく #
上記の各論について、当NPOがまとめた資料を掲載しています。