「熔融塩炉は安全です」という説明をしばしば見かけます。しかしこの言い方は雑すぎます。
3つの質問で分かる、熔融塩炉の見分け方で述べたとおり、熔融塩炉(溶融塩炉)と呼ばれるものの中身は大きく異なります。安全性の根拠も、設計によって変わります。 ある設計で成り立つ説明が、別の設計ではそのまま使えないことがあります。
そこでこのページでは、次の3つを分けて説明します。
- 液体燃料であることに由来する、共通の特徴
- 設計によって根拠が変わる部分
- どの設計にも共通して残る課題
その前に:どの炉の話か #
まず、熔融塩冷却炉(FHR)はここでの話から外れます。 熔融塩を冷却材にのみ使い、燃料は固体(TRISO被覆粒子)だからです。この型の安全性は、熔融塩そのものよりもTRISO被覆粒子が高温で核分裂生成物を保持し続ける性能に依存します。液体燃料の議論とは前提が違います。
以下は、**燃料が熔融塩に溶けている炉(燃料塩炉)**の話です。
1. 液体燃料に共通する特徴 #
これらは、燃料が液体であることから来るもので、フッ化物か塩化物か、熱中性子か高速かを問わず成り立ちます。
高圧ではない。 熔融塩は常圧のまま高温で液体を保ちます。系内の圧力はポンプが液を押す分だけで、意図的に加圧していません。高圧の破裂という事故形態が存在せず、ポンプを止めれば常圧に戻ります。
水がない。 一次系に水が存在しないため、水蒸気爆発も水素の発生も起こりません。福島第一原子力発電所で建屋を破壊した水素は、高温の被覆管と水の反応で生じたものです。その反応の材料が、そもそも系内にありません。
「炉心溶融」という概念がない。 燃料は運転中すでに液体です。溶けて形が崩れることが事故なのではなく、それが正常な状態です。固体燃料のような照射損傷や燃料破損も起こりません。
燃えない。 熔融塩は化学的に安定な不燃物です。ナトリウム冷却炉のように、漏れた冷却材が空気や水と激しく反応することもありません。
気体の核分裂生成物を運転中に抜ける。 キセノンやクリプトンは、ヘリウムを吹き込んで連続的に除去できます。事故時に飛散して問題になる放射能が、そもそも炉内に溜まりません。
燃料を炉心の外へ抜くという手段を持てる。 液体なので、重力で下のタンクへ落とすことができます。多くの設計が、配管の一部を意図的に冷やして塩を固めた「フリーズ弁」を採用しています。温度が上がればこの栓が融け、燃料塩がドレインタンクへ落ちる——電源も信号も人の操作も要りません。
2. 設計によって根拠が変わる部分 #
ここからが重要です。同じ「安全」でも、理由が異なります。
| 論点 | 黒鉛減速・フッ化物・熱中性子(FUJI など) | 塩化物・高速炉(Naarea、TerraPower など) |
|---|---|---|
| 抜いた後に臨界にならない理由 | 黒鉛がなければ臨界にならない。タンクの形を問わない | 燃料塩だけで臨界になり得る。タンクの形状や中性子吸収材で未臨界を確保する設計が必要 |
| 核分裂性物質の量 | 少ない(余剰反応度も小さい) | 多い |
| 黒鉛火災の懸念 | 論点になる(下記) | 黒鉛がないので論点にならない |
| 黒鉛の正の温度係数 | ある(燃料塩の負の係数で抑える) | ない |
| トリチウム | リチウムを含むため多く発生。リチウム7の濃縮が必要 | リチウムを使わない設計が多く、発生は少ない |
| 長寿命核種 | — | 塩素36が生成する。半減期30万年、水に溶けやすい。塩素37の濃縮が必要 |
| 材料 | ハステロイNの知見がある | 塩化物はより腐食性が高く、材料選択がさらに難しい |
最も重要な違い #
表の1行目が決定的です。
黒鉛で減速する熱中性子炉では、燃料塩は黒鉛が適切な割合で存在する場所でしか臨界になりません。 炉心の外へ抜いてしまえば、タンクがどんな形をしていても核分裂の連鎖反応は成立しません。これは物理法則による保証です。
一方、高速炉では減速材に頼っていません。 燃料塩そのものが核分裂性物質を高い濃度で含んでおり、十分な体積が一箇所に集まれば臨界になり得ます。したがってドレインタンクは、薄く平たい形状にする、中性子吸収材を配置するなど、意図的に「臨界にならない形」に設計する必要があります。
どちらも最終的に未臨界を確保しますが、前者は物理的に不可能、後者は設計で不可能にしているという違いがあります。安全の議論としては、この差は小さくありません。
フリーズ弁について #
フリーズ弁は熱中性子フッ化物炉に固有のものではなく、塩化物高速炉でも採用されています。フランスのNaareaの設計にも、重力で燃料塩を未臨界のタンクへ落とす仕組みがあります。
一方で、フリーズ弁を持たない燃料塩炉もあります。 Moltex社の設計は燃料塩を循環させず管の中に静置しますし、Thorizon社は炉心を交換式カートリッジに分割しています。これらは「燃料塩を一箇所に抜く」という発想自体を取りません。
黒鉛火災について #
黒鉛を使う設計に対しては「チェルノブイリと同じでは」という懸念が向けられます。これには答えがあります。
原子炉用の黒鉛は高密度で、練炭のように自分で燃え続ける性質を持ちません。外から酸素を供給し、かつ加熱し続けなければ燃えないのです。熔融塩炉ではこの2条件がどちらも成立しません。格納室内は窒素で封入されており、配管が破れても酸素の供給はなく、燃料塩はドレインタンクへ落ちるので熱源にもなりません。
チェルノブイリで黒鉛が燃えたのは、炉心が加熱源として存在し続け、下から空気が流れ込む煙突効果が生じたためです。液体燃料炉では、容器の下に穴が開けば燃料塩が流れ出てしまうので、煙突効果そのものが成立しません。
なお、この議論は黒鉛を使わない塩化物高速炉には最初から当てはまりません。
トリチウムと塩素36 — それぞれの弱点 #
フッ化物系の弱点はトリチウムです。塩に含まれるリチウム6が中性子を吸収してトリチウムに変わります。100万kW級で1日あたり2,400キュリー程度と、軽水炉(20〜50)よりかなり多く、重水炉(3,500〜6,000)よりは少ない水準です。抑えるにはリチウム7を高純度に濃縮した原料が要ります。
塩化物系にはこの問題がほとんどない代わりに、別の弱点があります。 塩素35が中性子を吸収して塩素36になるのです。半減期30万年、水に溶けやすいベータ線源で、地層処分の安全評価で最初に問題になる核種の一つです。これを抑えるには塩素37を濃縮した原料が必要になります。
フッ化物にはリチウム7、塩化物には塩素37。 どちらの系も、同位体を濃縮した原料の供給という同じ形の課題を抱えています(核燃料をどこから調達するか)。
3. 「止める・冷やす・閉じこめる」で見る #
炉の型が何であれ、原子炉の安全に求められることは3つです。
- 止める — 核分裂の連鎖反応を確実に停止できること
- 冷やす — 停止した後も出続ける崩壊熱を除去できること
- 閉じこめる — 万一のとき、放射性物質を外に出さないこと
福島の事故は、1は成功しましたが電源を失って2に失敗し、その結果3も破られました。停止に成功しても、冷やせなければ事故になる——このことを私たちは経験しています。
燃料塩炉では、止める手段として、温度が上がると出力が下がる負の反応度特性、制御棒、そして燃料塩のドレインが用意されます。ドレインは電源に依存しないため、全電源喪失に強い構造です。
冷やすについては、圧力が低く水がないため配管破断の可能性が低く、軽水炉の緊急炉心冷却装置に相当する設備は原理的に不要とされています。崩壊熱の除去は自然循環やドレインタンクでの冷却によります。ただし、崩壊熱そのものは液体燃料でも当然発生します。 ここを甘く見ることはできません。
閉じこめるについては、軽水炉の「五重の壁」のうち燃料ペレットと被覆管に当たる最初の2つがありません。その代わり、気体の核分裂生成物は運転中つねに除去されており、事故時に飛散する放射能が少なくて済みます。
4. どの設計にも共通して残る課題 #
ここまでは設計と解析にもとづく評価です。実証されたわけではありません。
- 商用規模での運転実績がない。 実験炉MSREは成功しましたが、出力は現在の商用炉の数百分の一でした
- 材料の長期実証がない。 数十年にわたる高温・腐食・中性子照射のもとでの健全性は、これから確認する領域です
- 規制の枠組みがない。 現在の安全審査は固体燃料を前提に組み立てられており、そのままでは当てはまりません。何を判断基準にするかが、そもそも定まっていません
- 一次系全体が放射性物質に接する。 保守と点検をすべて遠隔で行う体系を、産業として構築する必要があります
これらについては商用炉をつくるという壁で扱っています。
「構造的に起こらない事故がある」ことと、「実際に安全な発電所が建つ」ことの間には、まだ距離があります。 その距離を正直に見積もることが、この技術に期待する側の責任だと考えています。
さらに詳しく #
当NPOが扱うFUJI(黒鉛減速・フッ化物・熱中性子)について、吉岡律夫が2011年にまとめた技術資料を掲載しています。停止・冷却・格納の各機能を軽水炉と比較した表、設計想定事故7項目の検討、過酷事故の解析結果、参考文献13件を含みます。
この資料の内容は、黒鉛減速・フッ化物・熱中性子の設計を前提としています。 上の表で示したとおり、塩化物高速炉にはそのまま当てはまらない項目が含まれる点にご注意ください。