熔融塩炉(溶融塩炉)の利点を語るとき、見落とされがちなことがあります。炉が動くことと、商用の発電所として成立することの間には、別種の壁があるという事実です。
このページは、熔融塩炉に期待する立場から、あえてその壁について書きます。過大な期待は、裏切られたときに技術そのものへの不信に変わるからです。
プロトタイプと商用の間にあるもの #
原子力の歴史は、試作機は動いたが商用化できなかった技術で埋まっています。
高速増殖炉は、英国・フランス・日本でプロトタイプが動きました。しかし大型化した段階で冷却材のナトリウム漏れなどの課題に直面し、西側では商用炉に到達していません。一方ロシアでは大型の高速炉が長期にわたり営業運転を続けており、この差は技術そのものの可否というより、投じられた資源と政策の継続性の差でもあります。
高温ガス炉のTHTR-300は、実験炉ではなく出力30万kWの商用規模で建設されました。運転開始から数年で技術的なトラブルが重なり、早期に閉鎖されています。
再処理でも似たことが起きました。ゼネラル・エレクトリックが建設した新方式のプラントは、個々の工程は成立していたにもかかわらず、それらを繋いだ全体としては動かず、一度も稼働しないまま終わりました。英国の大規模再処理工場は動きはしましたが、運転トラブルによるコストに耐えられず2018年に停止しています。
ただし誤解のないように書いておくと、湿式再処理そのものは産業として確立した技術であり、フランスでは現在も商用規模で稼働しています。ここで挙げているのは、新しい方式や個別の工場が、規模と運転条件の壁に直面した例です。
いずれも、原理が間違っていたわけではありません。規模が上がり、運転が長期にわたり、採算が問われた段階で、想定していなかった問題が現れたのです。
軽水炉が半世紀かけて解いたもの #
現在の軽水炉は成熟した技術に見えます。しかしそこに至る道は、決して平坦ではありませんでした。特に苦労が集中したのが燃料です。
燃料棒は、外から見ればウランのペレットを金属の管に詰めただけの単純なものです。ところが炉の中に入れると、実に多彩な問題を起こしました。
ペレットが被覆管を内側から壊す。 出力を上げるとペレットが熱膨張して被覆管を押し広げます。同時に核分裂で生まれたヨウ素が管の内面を化学的に侵し、両者が合わさって管に亀裂が入ります。この対策のため、発電所は出力を上げる速度に制限を課され、燃料側には管の内面に保護層を設ける改良が施されました。
ペレットが縮む。 1970年代初頭、運転中にペレットが緻密化して隙間ができ、被覆管が潰れるという問題が発覚しました。ペレットの微細構造を精密に管理することで解決していますが、原因の特定だけでも相当の労力を要しています。
核分裂ガスが溜まる。 燃やし続けると燃料内部にガスが放出され、被覆管の内圧が上がります。どこまで燃やせるかを決める制約の一つです。
被覆管が水素で脆くなる。 ジルカロイは水と反応して水素を吸収し、長期間の使用で脆化します。より高い燃焼度を実現するために、各社が改良合金を開発しました。
燃料棒が擦り減る。 冷却水の流れで燃料棒が微細に振動し、支持部品との接触点が摩耗して穴が開きます。現在でも燃料破損の主要な原因の一つです。
付着物が悪さをする。 配管から溶け出した金属分が燃料表面に付着し、局部的な腐食や出力分布の異常を引き起こします。
こうした問題を一つずつ潰しながら、燃料をどこまで燃やせるかの上限は数十年かけて段階的に引き上げられてきました。しかもその都度、事故時の安全基準そのものを見直す必要がありました。燃焼が進んだ燃料は、新品とは違う壊れ方をするからです。
これらは炉物理の華やかな問題ではありません。材料と製造をめぐる、地道で泥臭い積み重ねです。 そして、そこに投じられた資源と時間こそが、軽水炉を商用技術たらしめました。
熔融塩炉が経験していないこと #
では、熔融塩炉はどうでしょうか。
熔融塩炉には実績があります。1960年代に米国オークリッジ国立研究所で運転された実験炉MSREは、液体燃料の原子炉が実際に動くことを証明しました。U-233を燃料として運転した世界初の炉でもあります。
しかしMSREの出力は約7,000kW(熱出力)で、運転期間は4年ほどでした。商用発電炉の数百分の一の規模です。
以下は、熔融塩炉がまだ通過していない領域です。
商用規模での長期運転。 数十万kW級の炉を数十年運転した経験は、世界のどこにもありません。上に見たとおり、原子力ではここで想定外が現れます。
燃料塩の化学処理プラント。 燃料サイクルを閉じるには、運転しながら燃料塩から核分裂生成物を取り除き、必要な物質を戻す設備が要ります。この設備を商用規模で動かした例はまだありません。 MSREも、気体の除去は行いましたが、本格的な化学処理設備は持っていませんでした。
材料の長期健全性。 MSREで問題となったテルルによる合金の脆化には対策の目処が立っていますが、数十年にわたる運転で検証されたわけではありません。高温での使用に関する材料規格の整備も途上です。軽水炉のジルカロイが半世紀の実績を持つのとは、立場がまったく異なります。
トリチウム。 塩に含まれるリチウムから生成し、高温の金属をすり抜けます。閉じ込めの実証は、これからの課題です。
一次系全体を遠隔で保守する産業基盤。 配管もポンプも熱交換器も放射性物質に接するため、点検も交換もすべて遠隔で行う前提になります。それを可能にする機器と作業手順の体系を、産業として構築する必要があります。
サプライチェーン。 リチウム7の濃縮、高純度の塩、ベリリウム化合物——いずれも現在の供給能力は限られており、産業として成立する規模には達していません。
規制の枠組み。 現在の安全規制は固体燃料を前提に組み立てられています。「燃料が規格に適合していることを確認する」という手続きは、燃料が液体で組成が刻々と変わる炉には、そのままでは当てはまりません。規制する側も、まだ枠組みを持っていません。
核物質の計量管理。 液体燃料は本数を数えて封印することができません。これに適した保障措置の方式は、国際的にもこれからの課題です。
「経験していない」ことの二面性 #
ここで、公平に見ておくべきことがあります。
軽水炉が苦しんだ問題のうち、いくつかは熔融塩炉に構造的に存在しません。
ペレットと被覆管の相互作用は、ペレットも被覆管もなければ起こりません。ペレットの緻密化も、核分裂ガスによる内圧上昇も、被覆管の水素脆化も、燃料棒の摩耗も同様です。核分裂ガスは溜め込むのではなく連続的に抜くことができ、これはむしろ利点になります。そして遠隔での燃料製造という、固体燃料でのトリウム利用を阻んだ最大の関門も存在しません。
これらは「解決した」のではなく、問題が発生する構造そのものがないのです。
一方で、率直に言えば、まだ誰も踏んでいない地雷があるとも考えるべきです。軽水炉の燃料が起こした問題の多くは、事前に予測されたものではなく、動かしてみて初めて分かりました。熔融塩炉についても同じことが起きると考えるほうが自然です。
そして重要なのは、MSREが成功したことは、商用化の保証にはならないという点です。THTR-300は商用規模で失敗しました。プロトタイプと商用の間にある壁は、原理の正しさとは別の次元にあります。
困難を減らすという設計思想 #
この観点から見ると、当NPOが紹介してきたTHORIMS-NES構想には、一つの見識があります。
未経験の領域のうち最も重いものの一つが、運転しながら行う燃料塩の化学処理です。古川和男の構想は、核燃料を作る仕事を加速器施設に分離し、発電炉のほうは自給自足に徹して連続的な化学処理を持たない設計としています。
未知の要素を一度にいくつ抱え込むかという判断において、これは意識的な選択です。すべてを一基の炉で実現しようとすれば、未経験の領域が積み重なります。
それでも探索する理由 #
正直に言えば、熔融塩炉が商用技術として成立するかどうかは、まだ分かりません。
分かっているのは、次のことです。
固体燃料と湿式処理という入口については、半世紀をかけて膨大な探索が行われました。再処理は産業として確立し、高速炉もロシアでは営業運転に至っています。技術は成立しています。
それでも、軽水炉に収斂した世界で見たとおり、当初描かれた完全な循環は今なお達成の途上にあります。多くの資源と優秀な技術者が投じられてなお、この入口から先へ進むには、さらに大きな投資と長い時間が要るという見通しが変わっていません。
未踏の入口には、未知のリスクがあります。しかし同時に、探索されていない可能性もそこにしかありません。
熔融塩炉に期待するとは、「簡単だから」ではなく、**「まだ試されていないから」**という理由に立つことだと考えています。
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- 固体燃料でのトリウム利用の試み — 過去のトリウム挑戦はなぜ挫折したのか